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名家の宿命 ⑮

Penulis: 秋月 友希
last update Terakhir Diperbarui: 2025-04-18 16:09:40

 敗戦後、村の中で囁かれ始めたのは、イリアとカムランに対する「裏切り」の疑念......。

「二人は自分たちだけが助かる為に、国の使者と取引をしたのではないか?」

 確かな証拠もないまま疑念だけが大きくなり、その噂は瞬く間に広がった。語られるうち、その噂は『裏切り』として既成事実化され、村人たちの心に定着するようになる。

 誰もが、そう信じたかったのだろう。やり場のない怒りをぶつける相手として、イリアとカムランは都合が良かったのだ。

 だが、私は知っている。

 イリアとカムランは最後まで村を守るために戦っていた。二人は裏切ってなどいないことを──。

 それにしても、二人は私にリノアとシオンを託した後、どこに消えてしまったのか。人知れず、どこかで戦死してしまったのだろうか。それとも村人の誰かに殺されでも……。

 私以外の国の者が村人に調略を持ちかけていたとしてもおかしくはない。扇動された村人が二人を殺害、若しくは捉えて国に差し出した可能性はないだろうか……。

 記憶の断片が胸に冷たく突き刺さり、クラウディアの視線がランタンの揺れる光に落ちた。

 現時点で考えたところで答えに行き着くことはないか……。情報量があまりにも少なすぎる。

 思考の迷路をさまようばかりで、確かな答えはどこにも見つからない。薄暗い部屋の静けさが、焦燥感をより際立たせる。

 クラウディアは溜息を漏らした。その時、窓の外で微かな足音が響く。

 夜の闇に紛れるような控えめな音が次第に近づき、それに伴って枝が折れる音が鋭く響き渡る。小動物ではない。

 クラウディアの背筋に冷たい感覚が走った。

 ランタンの光を落とし、窓に近づく。窓を覆う霧が水滴となり、ガラス面を伝い落ちていく。

「そこにいるのは誰だ……?」

 暗闇の中で何かが動いている。

──国、あるいは村の密偵か?

 暗闇の中の者に問いかけるが、応答がない。

 沈黙が支配する中、突風が吹き、森のざわめきが一層、強まった。その音はクラウディアの心を試し、揺さぶるかのように響いている。

 クラウディアの心に不安感が広がっていく。

──暗闇に潜む何かが私を見つめている気がする。

 クラウディアは窓際からゆっくりと離れ、息を整えた。

 ランタンの灯りがわずかに揺れ、淡い光が森をぼんやりと浮かび上がらせている。

──本当は、そこには何もないのではないか。私が作
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  • 水鏡の星詠   街道での危機 ④

     旅人たちの救護を終えたリノアとエレナは崩れ落ちた土砂の下を覗き見た。 崖の下──そこには、滑落した者たちの姿があった。 動く気配はない。 この高さから落ちたのなら、助かる可能性はほぼないだろう。たとえ生きていたとしても、あの場所にまで降りる術はない。 リノアは崖下に横たわる旅人たちを見つめ、拳を握りしめた。 助けたいとは思う。だけど斜面があまりにも不安定だ。 斜面は崩れた岩や土砂が不規則に積み重なっている。一歩踏み出せば、自分たちも命を落としかねない。「リノア、諦めよう」 エレナが険しい表情で地面を見つめた。「分かってる。でも……」 リノアは唇を噛み締めて、ゆっくりと目を閉じた。 風が吹き荒れ、砕けた岩の破片が足元を滑り落ちて行く。 まるで、この場から退けと言わんばかりに……。 風が吹き荒れる中、リノアとエレナは、その場に立ちすくんだ。──助けを求める声は、もう聞こえない。きっと、もう亡くなってしまったのだろう。そうであって欲しい…… 沈黙が続き、風が荒涼とした崖の奥底へと吹き抜けていく。「こんなこと、起こるはずがない……」 リノアは天を仰いだ。 決して大雨が降ったわけでも、ここ最近、天候が不安定だったわけでもない。一体、何が原因で崖が崩れたというのか。 リノアは視線を崩れた岩壁へと向けた。 エレナも沈黙したまま立ち上がって、周囲を慎重に見渡した。「雨のせいじゃないよね。風が強いといっても、これほど大規模な崩落を引き起こすわけがないし」 エレナの言葉にリノアも深く頷いた。 地面には亀裂がいくつも走っている。 リノアはしゃがみ込み、砕けた岩をそっと指でなぞった。「……この崩れ方、自然の侵食じゃない」 エレナも同じように岩を触り、険しい表情を浮かべる。「地震……? いや、そうじゃなさそうね」 そう言って、エレナは視線を遠くへ向けた。 崖の向こう──まだ険しい地形が続いている。しかし、そこには異変は見当たらない。岩壁はほぼ無傷で、崩落の跡もない。 それなのに自分たちのいるこの場所だけが、無惨にも崩れ落ちている。 リノアも気付いたようで、ゆっくりと顔を上げた。「……なんで、ここだけなんだろう?」 リノアは崩れた地面を見つめ、喉を詰まらせた。──地震ではないとしたら一体、何が? 崩れた岩壁の向こうに広が

  • 水鏡の星詠   街道での危機 ③

     視界は白く閉ざされ、空と地面の境界さえ曖昧になっている。 リノアは腕で顔を覆い、隙間を探した。だが、どこにも通れる場所がない。 行く手を阻む土砂の山── すぐ近くにいたはずの旅人たちの姿が跡形もなく消えている。 声も──消えた。 ついさっきまで響いていた足音や叫び声さえ、風の音に呑まれ、遠い虚空へと消えていってしまった。 リノアは僅かな希望を頼りに周囲を見渡す。しかし、霧のように揺れる砂塵の向こうには、誰の姿も見ることはできなかった。 道が完全に塞がれている。逃げ場は、どこにもない。 孤立したのだろうか── 辺りは風が渦を巻くように吹き荒れている。 砂塵の壁が徐々に薄れ、景色が輪郭を取り戻し始めた。だが、その光景は以前とはまったく違っていた。 荒々しく変わり果てた地形── 崩れ落ちた土砂が無残にも道を塞ぎ、岩と土の塊が不規則に積み上げられている。 リノアは周囲を見渡した。 視界がまだ完全には戻らず、砂塵がわずかに漂っている。その中で、ふと目に入ったのは── 割れた地面から散らばる細かな鉱石の破片が、かすかに光を反射している。その光の中に強く光輝くものがあった。 地面に突き刺さった一本の短剣。そして、その場に横たわる一人の姿──「エレナ!」 リノアは息を荒げながら駆け寄った。 砂塵にまみれながらも短剣を掴む手には、まだ力が残っている。エレナは滑落しかけた瞬間、反射的に刃を突き立てて、自らの身体を支えたのだ。 リノアがエレナのそばに膝をつくと、エレナはかすかに顔を上げた。「死ぬかと思ったー」 その言葉には、安堵とほんの僅かな笑みが浮かんでいる。「エレナ、立てそう?」 リノアはエレナの腕をそっと支えながら尋ねた。ここは危険だ。安全な場所へ移動しなければ。「なんとかね」 エレナは短剣を引き抜くと、ゆっくりと立ち上がった。 リノアはすぐさまエレナの腕を掴んで、エレナと一緒に崩れた地面を避け、慎重に歩いていった。「ここなら大丈夫」 背後に比較的しっかりした大きな岩がある。安全なはずだ。「ありがと、リノア……助かった」 エレナは岩に背を預けると、小さく息を吐いた。 リノアはほっとし、笑みを浮かべると、再び周囲を見渡した。「誰かいる……!」 リノアが震えた声で言った。 岩の合間に旅人たちが横たわっている。「

  • 水鏡の星詠   街道での危機 ②

    「エレナ、早く峠を越えよう」 リノアは緊張を滲ませながら言った。 その時、足元の地面が微かに揺れた。 リノアは反射的に歩を止め、エレナと視線を交わす。 それは、ほんのわずかな揺れ── しかし、それだけで空気の張り詰め方を変えるのは十分だった。 風の音が強まる中、二人の間に沈黙が落ちる。 リノアは息を整え、もう一度峠の先へと視線を向けた。 胸の奥に沈んでいた違和感が次第に輪郭を持ち始めてくる。──この感覚は一体、何だろう。大地の中の何かが静かに息を潜めているかのような…… 風が激しさを増し、背後の木々が二人を急き立てるようにざわめき立てている。 とにかく前へ進もう。それ以外に選択肢はない── 足元の岩肌がむき出しになった坂道を二人は迷いなく踏み出した。 道はすでに崩れかけている。 リノアが地面に足をつく度に細かな小石が崖下に転がり落ちていった。その軌跡を追うように流れていく細かな砂粒────早く、この場から離れなければ。 リノアは瞬時に判断し、走り出した。 エレナもリノアの後に続く。 乱れる呼吸、吹き荒れる風の轟き──すべてが混ざり合い、世界が騒然とした音に包まれる。 しばらく走っていると、峠を越えようとする旅人たちの姿が前方に見えた。彼らも異変に気付き、焦るように足を速めている。「気をつけろ! 崩れるぞ!」 誰かの叫ぶ声が聞こえた。 その瞬間── 雷鳴のような音が響き渡り、崖の一部が崩れ落ちた。「走れ!」 旅人たちが一斉に駆け出す。 岩が崩れ落ちる音が背後から聞こえたかと思うと、瞬く間に視界を奪い去った。 砂塵が舞い上がり、前方を覆ったのだ。「くそっ、前が見えない!」 誰かの声がかき消されるように風に巻かれる。 リノアはその声を頼りに視線を向けたが、舞い上がる砂塵の中で影しか見えなかった。 ここで足を止めれば、そのまま飲み込まれてしまう──「走って! 立ち止まったら危ない!」 リノアは咄嗟に近くにいた旅人の腕を掴んで、荒れた道を駆け抜けた。「リノア、こっち。道を塞がれる前に駆け抜けて」 エレナは息を荒げ、力強く言葉を発した。 だが、その直後、轟音が響き渡った。大地が揺れ、岩が滑り落ちる音が背後に迫る。 先ほどとは比べ物にならない大きな音……。 崖が崩れ、岩が猛然と滑り落ちてくる。「逃げて!

  • 水鏡の星詠   街道での危機 ①

     順調に行けばアークセリアまでは三日ほどで辿り着く。 リノアとエレナは穏やかな雰囲気の中、街道を歩いていった。 風が枝を揺らしながら通り抜けていく。 木々のざわめきは柔らかく、葉が揺れながら微かな音を立てている。踏みしめる土はわずかに湿り気を帯び、足裏から伝わる感触は柔らかい。「たいぶ、人が減ったね」 エレナがぽつりと呟いた。 ほんの少し前まで旅人や行商人が行き交い、賑やかな声が響いていた。喧騒の余韻が、まだかすかに空気の中に残っている。 視線の先に見える旅人の姿に、リノアの記憶がふと揺さぶられた。 あの日の夜、オルゴニアの樹の下で目にしたあの人影── あの人たちは様々な場所に出向いて、生命の欠片を探し回っているのだろうか。自然を傷つけながら…… 硬く変質した草木は、もはや回復することはない。それどころか、土に還ることさえ叶わないのではないか──そんな疑念が胸をよぎる。 あの人影が、この旅人たちに紛れ込んでいても、それを見分けることはできない。今のところ不穏な様子を見せる人の姿はないが……。 微かな違和感は確かにある。 けれど、それは人に対してではなく、もっと別の、得体の知れない何かに向けられたものだった。 空気がいつもより重く感じられる。 わずかに湿気を含んだ風が肌を撫で、遠くには低く垂れこめる雲が広がり始めている。 昼以降、天気が崩れるのではないか。 リノアは無意識のうちに歩みを緩め、仰ぎ見るように空を見つめた。「この辺りは天気が崩れやすいみたいだから、油断できないね」 エレナの言葉にリノアが頷く。 山の天候は不規則で変わりやすい。今は穏やかな天気でも、十分に注意しなければならない。「それにしても、アークセリアまで三日か……。ずっと歩くのもなかなか大変ね」 エレナは小さく息をついた。 道は緩やかな傾斜を描き、石が混じる地面が足裏に硬さを伝えてくる。 低地では豊かに広がっていた草木も標高が上がるにつれてまばらになり、背の高い樹々は少しずつ減っていった。「思ったより登ってきたね」 エレナが歩を緩めて振り返る。 これまで歩いてきた街道が眼下に伸びている。 遥か遠くまで続く道、その両脇にはぽつぽつと建物が並び、畑が規則的に区切られている。さらにその向こうには、ぼんやりと霞む森が広がり、その輪郭は空と溶け込み青みが

  • 水鏡の星詠   新たなる旅立ち ⑧

    「……こんなにいるんだ」 リノアが呟く。 驚きと懐かしさが、その表情に浮かんでいる。「何か気になるの?」 エレナが歩みを緩め、リノアに視線を向ける。「村では、ほとんど見なくなってたから、何だか嬉しくて」 枝葉の間を舞う鳥たち。光を受けて揺れる羽根が風に乗って穏やかに流れていく。 エレナもふと空を見上げた。 その視線には言葉にはできない想いが滲んでいる。「ここは……まだ生きてるんだね。」 エレナは静かに息をつき、そのまましばらく空を眺めた。 風が森を抜け、鳥たちの鳴き声が優しく響く。 リノアはそんなエレナの横顔をちらりと見つめた。 普段はあまり表情を変えないエレナが穏やかな光を瞳に宿している。 エレナは何を思っているのだろう── 時に鋭く、時に静かに物事を見つめるエレナの眼差し。けれど今は、その硬さが和らぎ、どこか遠い景色を眺めているように見えた。 そんな姿を見るのが、リノアは嫌いではなかった。 言葉にしなくても、その横顔を見ているだけで、なぜか心が落ち着く。何も話さなくても、そばにいるだけで十分だ。 リノアは周囲を見渡した。 私たちの村の森は衰えつつあるというのに、この街道沿いは、まだ生命が深く息づいている。 街道を行き交う旅人や行商人、そして簡素な休憩所に腰を下ろして談笑に耽る人たちがいる。 人の往来は多く、馬の足音や荷車の軋む音も聴こえるほど賑やかだ。 それでも、ここでは森の息遣いが感じられる。 人がいない静寂の森ならともかく、この場所は賑わいの中にあるというのに……。 自由に枝葉を広げた木々、しっとりとした土、そして大木を力強く支える根。 ここは自然と人が共存する憩いの場だ。 道だけが踏み固められ、草木はなくなってはいるが、この場所だって人が歩かなくなれば、きっと直ぐに回復するのだろう。 鳥の声が風に乗って響き渡る。 どこまでも遠くへ運ばれていくその音色────かつての村の森も、このように息づいていた…… リノアの胸にかすかな痛みが走る。 最近の森の変化は異常であり、その原因は分かっていない。 村の長老たちでさえ、かつての豊かさが失われた理由を語ることはできなかった。 私たちの理解を越えた何かが起きている可能性は勿論ある。だけど私たちにも、きっと原因があるはずだ。──必要以上に自然に介入しな

  • 水鏡の星詠   新たなる旅立ち ⑦

    「リノア、準備はいい? そろそろ行くよ」 エレナが問いかけると、リノアは小さく頷いた。「うん。行こう、アークセリアへ」 神殿は村の管轄外とは言え、決して立ち入りを禁じられていたわけではない。それでも、リノアは長い間、この場所へ足を踏み入れることを避けていた。 それは自分と向き合うのが怖かったからだ。 戦乱後、両親が突然、姿を消してからというもの、心に大きな穴が開いていた。それを埋めるには勇気が必要だったのだ。 ノクティス家と密接に結びつく神殿に足を運べば、自ずと過去に触れることになる。 もし、ここで過去と向き合えば、知らなかったこと、知りたくなかったことまで明らかになってしまうかもしれない。 それが怖かった。だが、今は違う。 シオンが亡くなってから、私の心境は大きく変わった。きっと意識はしていなくてもシオンに頼っていたのだと思う。 シオンがそばにいたからこそ、過去に向き合わずとも前を向くことができた。だけど。もう目を逸らしている場合ではない。 リノアはゆっくりと息を吸い込んだ。 これまでのことを無かったことにするつもりはない。ただの過去として終わらせるわけにはいかないのだ。 リノアとエレナは神殿の扉を押し開き、外へと足を踏み出した。神殿の周囲はひっそりとしており、遠くで風が木々を揺らしている。 朝と昼の狭間――微睡むような光が森を包む中、二人は歩みを進めた。 空はすっかり朝の名残を薄め、やわらかな光が木々の間に差し込んでいる。昼の活気にはまだ届かず、かといって朝の静けさとも異なる、移り変わりのひととき。 旅立ちの足取りは軽やかでありながらも、どこか慎重な色を帯びていた。 だが、リノアはもう迷うことはない。──この足で、今まで見なかったものを確かめに行こう。 リノアは星見の丘の下からオルゴニアの樹を仰ぎ見た。 樹齢千年を超える古木──オルゴニアの樹は圧倒的な存在感を誇っている。 枝葉が天を抱くように広がり、光を透かすように揺れる葉の影が丘の緩やかな傾斜に模様を描いている。 リノアは、しばしその姿を見つめた。 風が吹き抜けるたびに、樹の枝がかすかに揺れ、その葉擦れの音はまるで囁きのように響いた。 この場所には積み重なった時の記憶が息づいている。 千年もの時を超え、変わらずそこに立ち続けている樹木。オルゴニアの樹は過去と

  • 水鏡の星詠   新たなる旅立ち ⑥

    「ねえ、エレナ。エレナって絵を描くのが得意だったよね。ここに描かれた紋章や絵を写してほしいんだけど」 リノアは壁画を見つめながら、ふと口を開いた。 エレナはシオンの研究を手伝うために、これまで何度もシオンと出かけて、植物などシオンの研究対象を描いてきた。「別に構わないよ。後に役に立つのかもしれないしね」 そう言って、エレナはすぐに鉱彩筆を取り出し、壁画へと視線を戻した。 壁に刻まれた絵――その線、その形、その意味――すべてを正確に捉えようとするかのように、エレナの指がゆっくりと動き始めた。 鉱彩筆が滑るたびに、絵の輪郭が静かに浮かび上がっていく。筆先に宿る淡い鉱石の輝きが線をなぞるたび、細部がより鮮明に映し出されていく。 エレナは筆を持つ指に力を込め、壁画の奥に隠された何かを探るように筆を走らせた。 エレナが絵を描いている間、リノアは壁画やレリーフ、そして紋章に思いを寄せた。 リノアの高い感受性が断片的だった思考をひとつずつ繋ぎ合わせていく。 かつて、この森は今よりも豊かだった。 人々は自然を敬い、心で精霊を肌で感じていた。 しかし時が経つにつれ、森は衰え、争いが影を落とし、いつしか人の心までもが変わってしまった。 戦乱の炎が多くの自然を焼き尽くし、人々の間で分断が生じたのだ。 戦乱前は、近隣の村や諸国とは争うことはなく、今より密接に結びついていたと聞いている。 だが今、人々は自然を敬う気持ちを失い、人間同士の関係にも影を落としている。 精霊を心で感じるなんて、あるはずもない。 リノアは深く息を吸い込んだ。 この神殿に刻まれた壁画やレリーフには、きっと大きな意味が込められている。 紋章の変化、描かれた壁画──その繋がりを解き明かすには、もう少し時間が必要だ。「よし。これで大丈夫。あとでじっくり見直せるようにしておいたよ」 エレナは鉱彩筆を片付けて、描き上げた写しを慎重に折り畳むと、ふうっと息をついた。「これが何を意味するのか、解き明かせたら良いんだけどね」 エレナは肩を軽くすくめて、描き上げた写しを眺めた。 エレナは壁画を丹念に写し取っているものの、その手つきはリノアのような探求の色は薄い。 置かれている立場が異なる以上、それは仕方がないのかもしれない。エレナは紋章に秘められたノクティス家の謎に強く惹かれているわけ

  • 水鏡の星詠   新たなる旅立ち ⑤

     ノクティス家は、かつて広大な森とその恵みを統べる存在だった。その紋章は繁栄の証であり、権威を象徴するものだったはずだ。 しかし時代は流れ、かつて誇示されていた力は次第に影を潜めていった。──そうなると……ノクティス家の各名家や村人たちとの位置づけも変わることになる。「この紋章って、ノクティス家の変化を示してるんじゃないかな」 リノアの瞳がわずかに揺れた。思考が新たな方向へと動き出し、確信へとつながっていく。「単なるデザインの変更って感じじゃないよね」 エレナは紋章を眺めながら、小さく頷いた。「もしかすると、ノクティス家の立場が変わったから……なのかも」 リノアは紋章から目を離さず、思案するように口を開いた。 「立場?」 エレナは軽く首を傾げ、言葉の意味を確かめるように問いかけた。「昔、ノクティス家は森を統べる一族だった。だけど、いつの頃か、その権威は失われてしまった」 リノアの言葉には、ただの歴史の事実ではなく、そこに込められた重みがあった。「あの戦いの後?」 エレナが問う。「ううん、戦いのずっと前」 リノアの言葉が空間に溶けるように響いた。エレナはしばし沈黙し、思案するように紋章へと目を戻す。「そうか。権威が弱まったから、紋章のデザインを変えたってことなのか」 納得したように微かに頷くエレナ。しかし、リノアの目はすでに別の可能性を探っていた。──権威が弱まったから、紋章のデザインを変えた。だけど、それなら形をわずかに変えるだけで済むはず。 リノアは、じっくりと考えを巡らせた。 以前の紋章は星と植物の図形を合わせたものだった。それは天と大地を表すものであり、それぞれの造形は明瞭だった。 しかし今の紋章は二つが溶け合い、境界が曖昧なものになっている。──何か別の意思が込められているのではないか。 リノアは壁画に刻まれた紋章をもう一度見つめた。しかし、考えすぎるのはやめようと思い直し、壁画から視線を外した。 紋章の変化には何らかの意味合いが込められているのかもしれない。だけど今はそれを知るにはまだ手がかりが足りない。 そんな思いが頭をよぎった時、ふと、リノアの意識は別の方向へ向いた。 対として描かれた壁画――その場面が、リノアの思考を引き寄せる。──あの紋章の変化と、この壁画に刻まれた場面……何か関連があるのでは

  • 水鏡の星詠   新たなる旅立ち ④

     リノアはふと風を感じた。 冷たい空気が肌を撫で、心の奥に染み込むような感覚が広がる。 リノアの背中を押すように、風がゆっくりと吹き抜け、柱と柱の間をすり抜けていった。 その流れは、ためらいなく神殿の奥へと進んでいく。 奥の壁にあるのは、風化した壁画──。 色褪せた形象が並び、時の積み重ねがその表面に刻まれている。 リノアは歩み寄り、その一つに触れた。──これは……『森の繁栄と、その荒廃』……。 リノアは、その隣に目を遣った。 そこに描かれていたものは──『人々が祈る姿と争う姿』そして──『精霊と荒れ狂う獣』だった。 その中心に、描かれてあるもの……。 これは種子だろうか。種子が二つ刻まれている。 一つは『龍の涙』、そしてもう一つは……これは『生命の欠片』だろうか? それぞれの絵は一つだけではなく、対として描かれている。 エレナがリノアの隣に並び、口を開いた。「これって……ただ過去を記しただけではないよね。森の繁栄と荒廃。相反するものが描かれてる……」 その声には、わずかな違和感が込められていた。 リノアとエレナは、その意味を探るように周囲を見回した。すると、壁の一角にレリーフがあることに気付いた。 様々な動物、そして植物、川や山――それらが織りなす命の調和が石の表面に深く刻まれ、影と光が織りなす陰影によって、まるで動き出しそうなほどの存在感を放っている。 その中央にひときわ目立つ巨大な樹木。 大地へ深く根を張り、星々の光が樹木を癒す構図だ。 リノアとエレナはレリーフに魅入った。──きっと、壁画もこのレリーフにも何らかの意味が込められている。「このレリーフ……森の歩んできた歴史が刻まれているのかな」 リノアがぽつりと呟いた。「たぶん、そうだと思う」 エレナはレリーフの表面にそっと指を這わせた後、少し考え込み、そして続けた。「未来への願いも込められているんじゃないかな」──何百年、何千年と続いてきた命の継承が、今途絶えようとしている。人間の強欲さによって……「この森は、守られるべきものなのに……」 そう言って、リノアは視線を落とした。 二人の間に沈黙が落ちる。 レリーフに刻まれた記録が、ただの過去を語るものではないことは、もはや疑いようがない。 「エレナ、ここにも何か描いてあるよ」 リノアが口を開

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